恋する季節 8

 稲垣はひざまずいて舐めはじめた。よく考えたらこいつとは初フェラだが力加減と言い両手の使い方と言い慣れてる。相当やってんだろな。少しは婚約者に対する罪悪感とかないのだろうか。いや、そもそも何故僕が相手しなきゃならん? せめて専務まででやめといてくれたらよかったのに……などと頭では思っていても僕の分身は彼女の意のままだ。先をレロレロ舐められ手でしごかれぐんぐん活気づいてく。う、やばっ。
「少しは、いった?」
稲垣が顔を上げた。急に抜かれて僕は言葉が出ない。
「んふー、入れたい?」
意地悪げ。僕のリアクションは彼女の予想以上だったようだ。単純な分身。情けない……。
「入れたい」
「え? よく聞こえないわ」
「……入れさせて下さい」
く、屈辱だ。
「オッケ」
稲垣は嬉々として(のようにしか見えない)僕の上にのっかった。ああ、再びとろとろの快楽の壁に包まれて僕の分身は息を吹き返した魚のようである。
「お前がリードしろよ」
「ふふ」
稲垣は目の下まで落ちてきていた僕の前髪を横へ流した。
「見んなよ」
「いくとこ見たいもん」
そう言うと顔を近付けてキスをした。唇とともに乳首が僕の肌に触れる。その揺れがたまらない。少なからず彼女も感じてるはずだ。
「んー」
顔を離して僕の首に両手を回し、じっと僕の目を見つめて体をくねらせる。その内部で僕のナマものはいいように踊らされてる。夕方の逆だ。僕は顔をそむけ、懸命に素っ気無さを装った。せめてタバコがほしいところである。
「くっ」
瞬間、僕は目を閉じてそれがまっすぐ子宮に向けて噴射されるのをイメージした。ああ……。さっきはえらそうなことを言ったが、結局どんな理屈もこの快楽にはかなわない。実際。彼女も息が乱れ表情がやわらいでいた。
「ねえ、やっぱり気持ちいいよ」
「ん」
「あたし、これなしでも生きていけるかしら?」
「大袈裟だな。ダンナに仕込めばいいじゃないか」
お前ならできるよ。
「そういう相手ならねえ。ね、清水さんがあたしの送別会開いてくれるって言うの。多分キョ−スケのとこにもお呼びがかかると思うけど、来てくれる?」
「行かないよ」
「どうして? 来て」
「オレ、飲み会とかそういうの嫌いなんだよ」
稲垣はなんとも冴えない顔をした。僕はまだ挿入したままだということに気付き、彼女の腰を抱えると横に倒した。稲垣はその僕の脇腹に片足を引っ掛け再び強く抱きついた。
「四堂さんとこにも声かけたって言ってたわ」
「それが? こんなことやってて行けるわけないだろ、誰も知らないだろうけど。ていうか、なんでアイツはさんづけでオレは呼び捨てなんだ?」
僕は細い腰に回した腕に力を込めた。
「んふ、気になる?」
「むかつく」
稲垣は顔を寄せて囁いた。
「体の関係あるから」
だから何で僕が? と言う代わりに彼女の体を攻める。こんな時に他の男の話を出されてはどんな人間だって面白くないだろう。例えそれが不実な関係であっても、だ(専務は別として)。僕と彼は同期で性格は似てないが仲はいい。例えば車とか服とかよく一緒に買いに行ったりするくらい気は合うのだが、周囲の多くにはライバル同士だと思われているらしい。確かに僕らは早慶だが。彼は理論派で僕は口では彼にかなわない。
「ああん、ナマっていいわ」
「そんなこと言うからやり逃げされるんだよ」
「そうかな」
「男ってそういうもんだろ」
稲垣は黙って僕にゆだね、最後また大きな声を出した。息が落ち着くまで僕にしがみつき、くっついたまま何回も軽いキスをした。
「出た? 3回目」
「違う。4回」
稲垣は「あ、そっか」と笑った。
「まだまだよね」
「回数じゃないだろ」
「ここで『愛してる』とか『好きだ』っていうセリフあったらあたしたちもれっきとした恋人だと思わない?」
「ダンナのときはあるんだろ」
「ないよ、そんなの」
「冷めてるな」
「だってプロポーズもないくらいだから」
「それ不思議。なくてどうやって話が進むんだ?」
「あたしも不思議。多分あたしに言わないまま先に親に言っちゃって、親経由で発展しちゃったのよ。親がいないと何もできない人なの」
「じゃあ、お前がしっかりしないといけないな」
「新潟と言っても市内じゃないのよ。レジャー以外何の娯楽もない所でどんなはけ口があるのかしら。不安だわ。こうして誰かに寄り添っていないと震えてきそうなの」
だからって直前までセックスに逃れるのはいかがなものか? そう思ったところで僕は急に睡魔に襲われた。軽い目眩にも似た……。おそらく彼女も同じ状態で今度はそれをとがめる彼女の声はなかった。何も僕らをさまたげるものはなく、ふたりともほぼ同じ時刻に眠ってしまったのである。やれやれ。

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