恋する季節 46

 女は奪って欲しいと常々思っている。それって女の本能だよ。心しておけ。
 ――と四堂あたりが言っていた(エラそうに。ま、確かにアイツの彼女は美人だが。って関係ない?)。
 そんなに奪って欲しいもの? そもそもお前の婚約解消事件にしたってオレが婚約者からお前を奪ったってことになってるし。今度は連れ去れ? それはないだろう。
「あのー。じゃあ『つべこべ言わずオレについて来い!』とでも言って欲しいのか、お前は」
 我ながらとげとげしい言い方だと自覚していた。
「そんなの……。口にしないでよ。言われたら嬉しいけど」
「じゃあ、その時まで現状維持でいればいいじゃないか」
「不安になっちゃうのよ! あたしってバカだから!!」
 わんわん泣かれて。
 ……セフレのままでよかったのか?
 僕は不安になる。
 もしもセフレのままでいて、彼女の結婚決まって、招待されたとしてそのとき僕は、どうしただろう?
 奪うか? 花嫁。
 いや、奪わない。
 好きだって言われたからこうなったんだ。僕も気持ちを揺るがされて、告白した。でもその先に進もうとすると彼女は嫌がる。
 どうすればいい?
「あのさ、じゃ、近いうちオレの母親に紹介するから。会ってくれないか。きちんとしようぜ」
 当たり前のことを言ってみる。近づいて、胸に寄せて。
「……反対されたらどうするの?」
「しないよ、多分。他のことはうるさいけどさ。オレの母親は結婚に反対されて駆け落ちまでしたんだぜ? そんな人間がオレの結婚についてつべこべ言うと思う?」
 抱きしめるでもなく、包み込む形で僕は続ける。
「そう……なんだ」
 やっと、稲垣の口調がまともになった気がした。
「他人があれこれ言うと焦ったりするものなんだよ。清水なんか無視しろよ」
「でも……。多分清水さんキョウスケのことが好きなのよ。だからいつまでも気になるんだと思う」
 一瞬背筋が寒くなる。
「大変だよねー。キョウスケなんかの奥さんになるのって。セフレのままだった方が楽だったかな」
 ふふと微笑む彼女の頬で涙の残骸が光った。ふっと顔を寄せると、柔らかい唇が僕の唇に触れた。
「ん……」
 唇を合わせていた。静かに。いつもと違って彼女は求めてこなかった。その代わり、激情に流されない穏やかな何か――……愛情をしみじみと感じた。
 ―――最初からこうだったらすんなりいってたことない?
 頭の後ろで天の声が。その声に導かれるように、僕はそっと彼女とともに床に転がった。
「いい匂いがする、キョウスケ。この服気持ちいいね……」
「高かったから。上下で10万だぜ? いきなり手にとって現金で買ったからびっくりされた」
「バカ。でもホントに気持ちいい……」
 身に着けてる僕も彼女と同じくらい快適なその服を脱がずに愛撫を続けた。唇から首筋に。そして胸に。肢体を絡ませて、2人してお互いの肌と匂いを感じあう。
 長い時間、そうしていた。
「ここで暮らせば? 稲垣」
 耳元で囁いて。
「いいの? でも会社の人とか」
「別に気にすることないじゃないか? オレはどうせ辞めるんだし」
「それって逃げ口? キョウスケそればっかりよ」
「逃げ口だよ。あんな所、一生やってけるか」
「フフ、変なんだから、もう」
 その肌の感触があまりによくって……。つい先走ってセックスというものからはじまってしまったけれど、そもそもほぼ全ての生けるものは生殖のために存在してるわけで、まあ自然なのかもしれない、僕らの関係。
 抱きしめると彼女は身もだえした。そこから先は……。いつもの現象。僕が服を脱がせるのを彼女は上手く体を振って手助けした。
「この服は気持ちいいから脱がなくていい」
 と言うから僕はそのままで。
「ん――――」
 耳の後ろにうずくまると彼女はのけぞる。そのまま手を動かせば服はするりと床に散る。
 白い肌。
「好きなんだ。ずっと一緒にいて」
 僕にそう言わしめる。片足を上げると股間はキラキラ光っていて。その奥の穴のどこをなぞればもっと濡れるのか僕にはよくわかる。
「あーーん、ダメ、ゆっくりやってっ」
 指を入れると彼女は嫌がって僕に背を向けた。
 ゆっくり……って。入れかけた指を股の内側に這わせると、くっついた体の震えが伝わってきて腰に回した反対の手に力が篭る。後ろから僕の股間が迫って。それはもう硬く熱くなっているのが彼女にもわかるだろう。
「いいね、この体勢も」
「ん。熱い。変に感じちゃうっ」
「そうなのか。後ろから?」
「どっちもよっ」
 そっか……。と、股の内側の指をそろっと傾けると、温かく湿った小丘に当たる。
「うんっ……」
 びくびくしてる。
「もう?」
「だって……。もうひとつのところに当たってるんだもん。やだ、えっち」
「どこが? ここ?」
 くいっと腰を突き上げると、ずぶっと指が刺さった。
「あぁ〜〜〜」
 一気にそこを突いてしまったらしい。いきなり潮が溢れた。
「わー、お前、すごいな」
「ばぁかぁ〜、わかってやってるでしょうがっ」
「うわー、服びしゃびしゃ」
「あ、あ、いやーー」
 ちなみに指は入ったままで。ぐいぐい動かすと今度は別の液が流れるのだ。
「だからこの服高いんだけど」
「ばか。ならやめてよっ」
 やめれるかよ……。掻き回したり出したり入れたり……。後ろからやるので精液も溢れてしまって、匂いが充満した(結局服はすごく高いタオルと化し、しまいには床に飛び散った液を拭き取る雑巾代わりとなってしまったのだが)。
 イッたあともずっと後ろから抱きしめていた。何だかこの方が素直になれる気がする。童心に戻る、じゃないけど。鼓動を分け合ってる気がする。
「……あたし行くのやめようかな、コンパ」
「ん……。そうすれば?」
「キョウスケ、連休どこか行く?」
「と、オレ?―――あ、悪い、ちょっと野暮用がある」
「何?」
 はたと素に戻る僕。あーーー、っと、何て言えばいい?
「いや、四堂とちょっと……。ドライブ」
「何人?」
「……っと3人、かな? 四堂と、その彼女」
「ふーーん? 何でそのメンバーなの?」
「ま、前から決まってたんだよ。いよいよ結婚するのかな? アイツら。ハハハ……」
 何焦ってるんだろう、オレ。問題はないと思うが。
「もう。また妙なことしでかさないでよ」
「するわけないだろ」
「あんたの場合予期せぬ出来事だらけだから」
「しないって。やめろ、もう」
 またはじまった、メビウスの輪状態。終わりがないんだよなあ。
「お前も行けば? コンパ」
 とついそう出てしまう。
「って何よ、変なの。わかったわよ、あたしもやっぱコンパ行く! 何があっても知らないからね」
 結局リサさんのことまでアレコレ聞かれる始末……。秋の休日が恐怖体験となりませんように。僕は祈るばかりであった。

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