恋する季節 45
いやぁ〜、久々に気分爽快。僕は部屋でリラックスしていた。
……あのまま清水がなりを潜めてくれればよいのだが。
同じ黒髪ストレートロングの女であっても中身はさまざまだ。実に感慨深い! 女性を見る眼が一変しそう!
嬉しくてソファの上でクッションを叩きつける。夜の11時過ぎ。インターホンが鳴る。
「はい――」
と出ると、モニターに映っていたのは稲垣だった。
「どうした? ま、入れよ」
こんな時間に? 今日って合コンじゃないよな? 来るのなら会社で言えばいいのに。メールするとか(見ないことが多いが)。首をかしげてロックを解除する僕。
「どうしたんだ」
上がるなり稲垣は重い口調で、
「清水さんに色々言われちゃって……」
「え?」
そんな感じだから僕の気分は一転した。
「何?」
「なんか……、『キョウスケをちゃんと掴まえとけ、あんたフラフラ合コンなんか行ってる場合か?』とか色々」
「はー?」
昼間の関西弁の説教が原因か? なんで稲垣に?
「いや。オレは別にお前が誰とコンパしようと構わんけどな」
「……ん。でもなんかそう言われるとかえって寂しい」
「え?」
つい先ほどまでの陽気なムードが消え去り、しんみり静まりかえる僕の家のリビング。
せめてテレビでもつけておけばよかったか……。そう思うがもう遅い。
「でも行くんだろ? コンパ」
「ん……」
「いつ?」
「この次の連休」
オレが遠出するあたりか。
「ドライブか?」
「ううん、映画と飲み会」
「ふうん。……ま、それ以上の追求はしないよ。今日は泊まってく?」
「ん……」
稲垣の手を引いた。冷たい。まだそんなに冷え込む時期じゃないのだが。
「あのー。お前、もしかして勘違いとかしてないよな? オレ確かに昼休み会社の女と喋ってたけどさ。清水に見られたんだよ。お前が疑ってた人。でも何もないから」
「そんなすっきりした顔で言わないでよ」
機嫌悪そ〜〜な彼女。話そらしてもこのまま続けても僕は言葉に詰まってしまいそうだ。
「ま、風呂入るなり好きにしろよ。オレはもう出たから」
あとは寝るだけー。僕は一応部屋着としているシルクコットンのプルオーバーとイージーパンツ姿でまさしくリラックスしてる最中だったのだが。
「……もしかして、食事もまだ?」
僕は稲垣の顔を覗き込んだ。
「ううん、それはいいの」
「何だよ、じゃあ」
「何でもないよ。でも会いたくなって」
「あ、そ」
僕は女の扱いが下手だと思う。こういう場合、慣れてるヤツだと(例えば四堂なんかだと)上手く話術でもどかしさを少しは解消するのだろうが。
できません、そんなこと。
「はは、連休うまい飯でも食えるといいな、稲垣」
と、例によってつまらんことを言ってしまうわけだ。
「そんなこと期待してるわけないじゃん!」
「え?」
「どうでもいい、そんなの。成り行きみたいなもんだし。あたしが妬いてばっかりで悔しかったし」
「オレが嫉妬するとうざがってたじゃないか」
「だってキョウスケ自分のことは棚において……悔しかったんだもん」
稲垣はぷうっとふくれた。
「―――まあだからお互い様って訳だな。それが言いたかった?」
「……それもあるけど」
「何だよ」
「だってさ、キョウスケって結局いなくなっちゃうわけでしょ? 会社辞めて」
―――それは。
「……そうだけど。それとコンパとどういう関係が?」
「だからコンパなんてどうでもいいって言ってるじゃん!」
清水が彼女に何言ったのかここで初めて気付く僕。
「あのさ、それまでの間あたしと遊んでくれるのは嬉しいけど、キョウスケが行っちゃったらあたしどうなるの?『はいさよなら』って別れるのヤダよ」
「それは。そんなことはないと思うけど……」
「じゃあ、何? 会社辞めないって言ってよ!」
「……いや。辞めるよ。もう言ってある」
「あたし、どうすればいいの?」
「どうって……。いけないのか、今のままじゃ」
「今のままって。セフレの延長じゃん!」
「って、別にそんなに真剣に考えることか? そのとき気持ちが続いてりゃ『一緒に来るか?』ぐらい言うぞ、オレは」
「何でそんな軽いのよ!」
「……軽いか?」
「軽い」
「いや、理屈は通ってると思うけど」
「簡単に考えすぎてるもん」
「簡単だもん」
「簡単じゃない。あんたの家ってすごいとこじゃん? そんなのについてけるわけないもん!」
「……すごいとこって。(確かに親はちょっと変だが)別にお前に迷惑かけないけどな。楽かもよ? 今みたいに働かなくてもいいと思うし」
「やだ、何決めちゃったようなこと言ってるの?」
「お前こそ」
ついに、稲垣は泣き出した。
「いいじゃないか、それで」
「よく、ない」
「じゃ、別れる?」
黙りこむ。よどんだ空気。さあ、僕はどうすればいい? 別れようなんて全然思ってない。
「……まあね、お前の理想もわかるよ。お前が理想とする生活をさせてくれそうなダンナ……。ある意味お前が結婚しようとしていたヤツだ。サラリーマンで、年収そこそこで、顔もよくって。アイツにもっと男気があったらお前はわざわざオレなんかに声かけなかったわけだし。ま、ひっかかってしまった以上オレもそれなりの覚悟はできてるつもりだ。でも肝心のお前がイヤだと言うのなら仕方ないだろう?」
「あたしが……。決めるってわけ?」
ぐしゃぐしゃな顔でわめかれて。
「……こんな悩んでるのに。ひどいじゃん、そんな言い方。だから理系の男ってやなのよ!!」
「イヤなのに連れてけないだろうが」
「……その程度なんだ」
「何だよ、その言い方。無理やり連れ去って欲しいって言うのか?」
僕も少々荒っぽくなる。