恋する季節 43

 これは『送り』かな。店を出て四堂らと別れてそんな雰囲気になった。
「うははー、すっかり食べさせてもろーてー。派遣やっててたまにはえーこともあるもんやな」
「社員とそんな区別あるか?」
「そりゃあもう。飲み会のお呼びなんてかかられへん、めったにな。何かそういう時もさっさと帰らされたりしたなあ。ひどい時は名前も覚えてもらえんかったり。給料の出所が違うだけでえらい差別や。まー、それは別にゼネコン業界に限ったことやないやろうけどな」
 ……。そうなのか。コヤツの黒髪はつやつやで栄養状態は良好そうではあるけれども。それなりに苦労はあるのだな。
「……まあ、キミの今回のミスは一応見逃すということにしておくから。期間終了までおとなしくしておいてくれ。―――って、どうせオレの会社探ったところで何も出てこないしな」
「はは。変わったお人もおるもんや。あんたみたいなお偉いさんっておるんやな。ええ勉強になった。今後の参考にしとくわ」
「……今後って。キミまだこういうこと続けるつもり?」
「うん。ウチの使命やから」
 ―――使命って。ひょっとしてマジで人生それに捧げるのか?
「……それは感心せんな。だがオレには強く否定する権利もない」
 普通にしてれば面白い関西の女なのに。それに技術もあることだ、十分世間を渡り歩けるだろう。
 それでも彼女は危ない橋を渡り続けようとしている。
「じゃ、結婚とかもしないんだ」
 何でそんな質問をしたのかわからないが、僕は立ち入った言葉を口にした。
「―――結婚か。相手がおらへんし。して楽しいとも思われへん」
 はっきり否定されると何故か余計に……、僕は深入りする。
「そうかな? オレにはそんな復讐ごっこの方がよほど楽しくなさそうに思うが?」
 それはキツイひとことだったかもしれない。
「―――ごっこ? ごっこやあらへん」
 大河内はキッと僕を睨んだ。
「ごっこなんてよう言うな!? 真剣やで、ウチは。――あんたに何がわかるんや? さっきちょろっと話したくらいのお人に!? わかるわけないやろ、一瞬で何もかも失ういうてどんなに辛いかわかる!? わからんやろ!」
 大声で。むきになって僕に突っかかる。
「―――わからないよ。だが復讐はまた復讐を生むって思わないか?」
 どうしてだか、おそらく言ってはいけないのだとわかっていてそれを続けてしまう、そんな僕の胸倉を彼女はぐっと掴んだ。
「―――あのなあ。あんたの領域侵したんはそりゃ悪いことや思う、謝らしてもらうわ! だけどなあ、そもそもの悪人は誰やの!? ニュースじゃあんまし流れんかったやろうけどな、道路やらビルやら手抜き工事のボロがで出まくってたんやで! 倒れたコンクリの柱ん中から缶くずやらぎょうさん出てきたりやなぁ。……ホンマ、お宅らの業界なんてちゃちい建物建ててぼろ儲けしとる悪人だらけやんか! ようわかったで!!」
 
「――おいおい、ちょっとどきなよ」

 彼女がぐっと詰め寄った時、酔っ払いが僕らの横を過ぎようとして僕は不意に肩をドンと押された。
 はずみで、僕の眼鏡が宙に舞う。
「……っつ」
 視界が一瞬ぼやける。が、すぐに戻りかける。僕は視力はそう悪くないのだ。眼鏡してもしなくても大して視界に影響はない。
 なのだが。

「―――……シュウちゃん!?」

 彼女は叫んだ。

 ――シュウチャン? いや、オレは響ちゃんですが。

 なんてボケてる場合じゃない、僕は眼鏡を拾う隙も与えてもらえない。彼女が僕のすぐそばで僕を見上げたまま動かない。
 ……?? 意味不明で立ち尽くす僕。

「あの――……。あ?」

 何かシュウちゃんとか言った? あ、オレ、誰かとかぶってるわけ?
 ―――そうとしか思えん、この流れ。彼女は僕じゃない誰かを見つめている。
 この、夜の繁華街で。遠い誰かを。

「……シュウちゃん、シュウちゃんかと思うたやないの!」

 と、突然怒鳴りつけられる。
 ―――ナニこの女。
 腕掴まれてぶんぶん揺さぶられるし。

「……う、シュウちゃんや。―――あんた、シュウちゃんによう似てはるわ」

 少々テンションが下がって大河内はそう呟いた。

「ウチがこうなった原因。わかりやすいな。説明する手間が省けるやんか。……ハハ、ウチは従兄弟が好きやってん」
「は、はあ……」
 その従兄弟が、オレ似? それは……。思ってもみない偶然の一致であった。
「駒田修一。シュウ兄(にい)ゆうてな、ウチの憧れやった。優しゅうて、男らしゅうて、カッコエエ兄ちゃん。あんとき地震で……。ハハ、生きとったらもうおっさんやけどな。あ、眼鏡かけんといて。眼鏡かけたら別人や」
 地面に落ちた眼鏡を拾う僕にすかさず彼女は言う。
「……っと。は?」
 かけにくいじゃないか。
「こんな所でシュウちゃん顔に遭遇するなんてなあ」
 懐かしい目で僕を見る。
 こういう場合ってどうすればいい? どうしようもない。僕はひたすら黙るしかない。
「シュウちゃん死んだせいで、ウチはお先真っ暗になってしもうた。何であんなエエ人が死ななあかんの? 他ににくったらしいヤツはなんぼでもおるのに。……地震は確かに災害や、誰も予知できへん。でもなあ、神戸みたいな都会やったら人災ゆうてもおかしくないで。道路でもビルでもむちゃくちゃな建て方しよって、人がそこに住むいうの真剣に考えとらんのやから」
 耳の痛い話ではある。……俺は悪徳業者などではないがな。
「シュウちゃん……。うっ、ひっ……」
 言った端からみるみる顔が崩れ、大河内は泣き出してしまった。眼鏡……はポケットにしまいこみ、やむを得ず胸を貸す僕。
「ううううう―――――」
 ―――そりゃ好きなヤツが突然いなくなったら途方に暮れるだろうよ。女だって男だって。俺だってそうだろう。だからそれをとやかく言うことはできない。『早く忘れろ』なんて言えないだろ? そのくらいの情緒は僕だって持ち合わせているんだ。
 でもさ、だからといって『復讐業』に人生を捧げるのはいかがなものか? この世に悪徳業者の類がいくらあると思っているのだ。いや、ひとつつぶした所でまた新たな輩が沸いて出るのがこの世の常というもの……。

「もっと手っ取り早い方法探せよ」

 それが彼女の傷を癒すとは思えないが。僕はありきたりの助言をした。

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