恋する季節 41

 僕はロマンチストでもなんでもないが、クリスマスシーズンなんかに電球を灯したり飾り付けしたりしてる家などを見つけると微笑ましくなってふと立ち止まることがある。例えば、いかにもオシャレな若夫婦が住んでそうな鉄筋コンクリートの小さな家。効率よく切り取られたガレージにはこじゃれた外国車があるような、CMに出てきそうな現代のスイートホーム。
 そういうの見ると、改めて考えさせられるのだ。一応建設業に携わる身、やっぱ住み手のニーズに応じたモノを提供したいよなと。希望的観測ではなく。
 それが。
 アホドカチン?
 そんなんで一括されたのではたまらない。
 だが……。
 関西弁の威力は凄まじく。
「――ドカチンなんて日本の悪玉やで! あんたら東京モンは知らんやろうけどなあ、あの、震災があってん? あんときな、ドカチンの連中ら『金儲け』しか考えとらんかったんやからな! ウチ、親戚がえらい被害に遭ったけん、なんべんも神戸いっとたんや。そしたら役人やら業者の連中やら視察してるの偶然出くわしてな、あいつらこうぬかしてたんやで。『ホンマ、風が吹けば桶屋が儲かる、じゃないけどなあ。こりゃえらいタナボタでんなあ。欠陥工事のボロでまくりやしな。ウチのええ宣伝もできるわ』やて。信じられへんわ! それ聞いてな、そりゃもうむかついてむかついて。他にもえげつないことぎょうさんあってんねん! ウチ決めたんや、絶対復讐したろうゆうてな。それから必死で勉強して大学いって、そこのドカチン入ってな、過去の不正受注からなんからみなすっぱ抜いてやったわ! あんたも知っとるかもしれへんな。○×建設や」
 ……いい!?
 僕は引いてしまった。突如、1年ほど前に密告が引き金となって倒産したある準大手の社名が出てきて。いやそもそもこのド迫力な関西弁。2人きりの密室でまくし立てられ、はっきり言って、こわい。
「あ、あの、○×事件!? お前が内部告発した張本人だって?」
 こわごわ問う。
「せや。すっきりしたな。あん時はな」
 晴れ晴れと女は腰に手を当てた。
「し、私怨じゃないか、やっぱり。それ、関西の企業だろ? 何でウチの会社まで突撃して来るんだよ」
 そこがたまたま悪徳業者だったんだろう……。
「お、突撃やて? ええ表現やな。そりゃー、色々調べる内に見えてくるやろ。ドカチンなんてろくなもんじゃないな。何でもぶっ壊してコンクリとアスファルト流しこむとこがあればいいねん。税金ひいてな」
「……そりゃ仕方ないだろう、経済構造がそうなってるんだから」
 弱々しく言い返す、社会人の常識。日本の企業の大半を占める建築関係とそれに従事する関連企業、そして数百万人の公務員に税金を投入することで消費経済を導こうとする。それは致し方ない事実である。
「そ、それに別にゼネコン全部が悪いわけじゃなかろう? 不良企業は他の業種にも山ほどあるんじゃないか(て、そういう次元じゃない)? 頼むから……。諦めてくれ」
 かなり腰の引いた進言だ。情けないオレ。
「ここで断念せいゆーんか? 冗談やろ。だからエリートっちゅうのはいやなんや。上からしかもの見られへん」
「そんな決めつけるなよ。そうだろう? お前ほどのスキルがあればもっと正当な手段で勝負できるんじゃないのか。とにかくオレは情報責任者としてお前を見逃すわけにはいかん。もちろん、即刻退社してもらう」
「は、大層な言いようやな! まあ、データがデタラメやってんならウチかてどうしようもないしな。さっさと切り上げてまた次のターゲットに移るだけや」
 ……コイツすっかり人生ぶっ飛んでるよ。
「それでまた建設関連片っ端から暴くって? 単純すぎんか? 映画の見過ぎだぞ」
 女はかっと目を見開き、声を荒げた。
「だからっ。言うとるやんか! ウチは、従弟やら亡くしてもうたんやで、あの、1月17日にな!」
 うっ……。
 僕は言葉を失う。
 女も黙っていた。止まっていた。しばらく。きつい顔をしたまま。
 それは例え様もない重い時間が過ぎていく……。
 僕は……。
 言葉を探すよりも僕は、『それはそうだな』と深く頷いていた。
 ――そういうのってわからないから、確かに。
 普通人間は、自分の五感の届く範囲でしか生きていない。
 耳にして目にしてはじめて知ることのほうが膨大だろう。
「ごめん」
 ポツンとそんな言葉が口から出てくる。
 オレが謝るのもおかしいのだが……。
 この場合、この言葉しか言えない。
「……あちらはんも一緒やな。役所のおっさんら。何がキャリア官僚や。どこにも就職でけへん連中の集団やで。ホンマ、クソ霞ヶ関にピンポイント地震がおきればええんや。したら少しは身に染みるで」
 女はさも憎々しげにそう吐いた。
 問題発言なのだが……。
 悪いのは全部ではなくある一部だと思うのだが。
 例え企業を追いこんだとして、構造自体は変わり様がないのだが。
 だからまあ、今どきのサラリーマン(オレ?)は切磋琢磨しているのですが……。
 オレは黙っていた。
 女はドアとは反対側に目をやり、2、3歩歩いた。
 そこには暮れたオフィス街の景色が広がっている。
「あーあ、あいつらのおかげでウチの人生、むっちゃくっちゃや……」
 声が、突然しおらしくなった。
 肩が下がって見える。
 僕は黙ってそれを見ていた。
 オフィス街をのぞむ女、か。勇ましくも物悲しい。
 重く長い沈黙……。破ったのはまたしても女の方だった。
「ま、あんたに正体つかまれたんは事実や。それはそれ、いさぎようせんとな」
 くるっとこっちを向く。一転、普通の表情になっていた。
「ほな、警察でもどこでも連れてって―な」
 てスカッと。
 そう言われるとかえって……。『よっしゃ』と肯定しづらくなるのは……何でだろう?

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