恋する季節 40

 ふと、思ったりする。
 綺麗な女でなくていい、もっと普通の女の子に囲まれていたい。別に女に囲まれて生活したいという意味ではなく、秘書課の隣という特殊な位置関係上そう望むのだ。
 僕は特に面食いじゃない。椎名林檎というシンガーが世を席巻した時期、初めて彼女を見た僕はとても惹かれたのだが、歌を聴いてぶっとんだ。顔は好みなのだが、内面が僕には激しすぎる。強すぎる。僕は強すぎる女は苦手だ。普通に喋る相手なんだから普通の女がいい。ウチの秘書連中はどうも林檎系なのが揃っている気がする。激しく感情をぶつけて相手にもそれを求める女。子宮で息してる女。さっさと感じさせろだと? 求め過ぎだぞ、お前らは。
 変な夢を見た。思い出せる限り思い出してみると、僕は床に大の字にくくりつけられていて、女どもが僕を見下ろしている。僕は裸なのか。夢なのでよくわからない。しかし状況的にそれっぽい。品定めをされている。視線が、ある一点に集中している。恐ろしいまでにギラギラした視線。手に何か持っている……。携帯か。オレを見定めながら携帯を耳に当てどこかと連絡を取っている。何故だ……。夢はいつも難解だ。
 だがある意味正に僕の心理状況を表した夢であると言える。いや、夢じゃなかったりして。現に、僕はあいつらのおもちゃにされているのだからな。
 携帯も立派な武器だ。コンパの網もあっというまに広がる。コワイ網。
 ――とにかく。あのコンパはオレには屈辱だ。お前らオレにコンパコンパ言うな!
 オレは、真のコンパ嫌いとなりそうだ。




 気分の悪い日。変な夢を見た日。清水と目が合った日。そして――。朝から僕は部屋に篭ってログをチェックしていた。この近日監視しているのだが、どうも履歴をいじられている節がある。あたかも許可を得てデータを閲覧しているように見せかけて、怪しいソフトを忍ばせている。より重要な機密を盗み出そうと。
 ――不正アクセスだ。
 僕は探った。これこそ僕の仕事である。あるソフトの起動が侵入のあったことを証明している。ウォールをかいくぐる輩に入ってもらうツボの中にヤツはいる。
 人事に連絡をいれて、該当フロアの該当部署、土木3課の最新の人員リストを調べる。社員の他に最近採用した派遣社員が1人いる。コイツが怪しい……。メンバーの中でスキルが不明なのはコイツだけだ。『実際の』スキル。専用のPCは与えてないのだが。
 そうして午後6時半。そろそろ人影もまばらになる階下に下りて行く。オレは初めてかもしれない。土木3課のドアをそっと押した。
 いた――。約1名。女がデスクについてPCを操作している。
「ご苦労様です」
ドアによっかかってオレは言う。
「―――はい。あ?」
女はこっちを向いて、返事の挨拶しかけて止めた。見慣れない僕の顔を見て。『誰?』みたいな表情だ。
「それはキミのパソじゃないよね? 何をやっていた?」
「え? あ、いえ、課長の許可はもらってます。出張中にやっといてくれって言われた資料をまとめてるんですが」
さももっともな答えをする。女がいじっているのは3課の課長のPC。そこから侵入したのはわかっている。そして、課長は今タイへ出張中だ。
「ふうん。そういう場合でも僕の許可が要るんだが。要請は受けてないよ?」
「あ」
はじめて困惑した顔になるその女。ちょっとボリュームのある体の、ストレート黒髪の女だ。
「困るんだよなー。過去の入札データ探ってもらっちゃ。キミには関係ないし。んなことやってもらっちゃオレの首が飛ぶ」
「あ?」
女は本当にびっくりした顔になり、弱々しく僕を指差した。
「ひょっとして、秋沢って人?」
僕は頷いた。
「え、うそやろ! 秋沢……、っと、CIO! 何でここに!?」
お、そういう肩書きが出てくる所が部外者だ。社内の人間は僕をそう呼ばない。というか、僕はオフィサーではない。
 女は声を失って僕を見つめた。僕はフンと鼻息を立てた。
「大河内千景。ジェスレディスタッフサービスから2週間前に派遣。長期入院の社員にかわって課の雑用補助。環境土木事務経験者優遇。で、不正侵入、と。……誰に頼まれた」
と言って白状するわけはないよな。
 案の定、女は、
「……ちっ、ええやん! もうデータは保存済みや。遅かったな」
いきなり関西弁かよ。出身地大阪だったか? そこまで書いてなかったな……。
 しかし僕はちっとも慌てず、
「キミが持っていったのは、とある捏造データ。どうやって入手したかは内緒。侵入者くん用の回路にまんまとおさまってくれてどうもありがとう」
「はあ?」
「キミの履歴もおさえてるよ。さ、出頭しような」
「なんやて!」
女は立ちあがって僕に突っかかってきた。
「ええやんか! ウチが何したって言うんや!」
お、開き直るのか。
「不正アクセス禁止法って知ってるよね? 現行犯だ」
僕は女を避けて逆に腕を掴んだ。ターイホ。の瞬間だ。
「ちょっと……。待って―な、仕事してたんは事実やで」
「言われたことだけをやろうね。キミの上司にね。あ、もちろんウチの会社でのね」
「なんや、むかつく! ええやんか! ちょっとくらいデータ漏れたかて!」
「ふざけんな。それで何千人も迷惑被るんだっ」
「っるさいよ! ドカチンなんてもっと人不幸にしてるやんか! ウチ、ドカチン嫌いやねん」
……ドカチン? 土木業者のことか。時々聞く耳慣れない言葉はちょっとどきっとするな。
「私怨かよ。……そうじゃないだろう。バックは誰だ。お前の派遣会社か?」
「言う訳ないやん! 手ぇ離してーな。叫ぶで!」
威勢のいい女だ。マジで警察呼んだ方が早かったりして。証拠は揃っているのだ。
「あのなあ、お前の土木嫌いはどうかしらんが、ウチの会社に迷惑かけないでくれる? ゼネコンだってピンキリなんだからな!」
「るっさい、嫌いなもんは嫌いや!」
一段とデカイ声。女は逆上して僕の指に噛み付いた。
「いてっ」
一瞬、力が緩んだ隙に女は僕の手から逃れた。
「こら! 無駄だぞ、証拠は押さえたって言っただろう」
ドアに向かっていく女に叫ぶ。女は足を止めた。こちらを振り向く。
「アホドカチン。えらそうにするな。どのみち税金泥棒のクセに」
「なんだとお!」
なんと低レベルな口論だ。だが頭っからコケにされては黙ってられない。僕は別に会社に忠誠を誓っているわけじゃないがやるべきことはやらなければ気がすまない。この場合悪いのは100%この女だ。
「じゃあテメーは立派な使命でもあるっていうのかよ。この犯罪者!」
「ムカ! 影の犯罪人はテメーらやんけ! 恥を知れ」
「なっ」
やめておけばいいのに……。僕は部屋に鍵をかけ、女の売ったケンカを買ってしまったのだ。

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