恋する季節 37

 ふわりと弧を描いて二人の体が床に転がった。彼女はぐいっと僕の体を引っ張ったのだ。『っと』とっさに両手をつく僕……。
「慣れてるじゃん」
そう言ったのは彼女の方だった。「さすがに。落っこち方も抜けてないってわけね」仰向けになって僕を見上げる目。ギラギラしてる気がする。
「大林、オレ……」
「眼鏡じゃま」
彼女は僕の眼鏡を外して床に軽く放った。「……見えてるんでしょ? どうして眼鏡なんてかけるの。ひょっとして隠してるの? その顔……」
そう言って僕の首に手を回しぐっと引いて自分の顔に近づけた。『わ、わ……』これは正にキスのタイミング、距離だ。同時に、僕の腰に片足を回してきた。ス カートがめくれ、腰のポイントを撫でられて僕の下半身は見事に反応している。『やば』ここから一気に……、ってのがまず世の男の常だな。

 ……しかーし。
 オレは知っている。
 こーいう場合の対処の仕方。
 それは。
 何故かアノ副社長に習った『教訓』……。


 ……前述のように、僕は社長に続いて副社長ともご一緒させられることが多く、大きな会議場での催しなんかがそうだ。
 それは某国際シンポジウムの帰りだった。その日の僕は通訳兼運転手(ウチの社でフランス語と中国語の同時通訳できるのはオレしかいないからだ)、社用車 のハンドルを握っていた。夕方のラッシュでもないのに道は混んでいた。あともう少しと言う所に来て中々進まない。場所が場所だけに仕方ないのだが、右横の 車のあおりが尋常じゃなかったのだ。
 ウィンカーを出してぎちぎちの車列に割り込もうとする。どうやら僕らの車の前に標準を決め込んでいるのか、通常ならばあきらめて次のチャンスを伺いそうな所、しきりに詰め寄ってくる。
『何だね。最近は車のマナーもなっとらんな』
副社長は気になって仕方ないらしく、小言を連発していた。『つまらん。ああいう人間が事故を起こすのだ』『そして他人を巻き込む。ああ、情けない……』オレが考える前に言ってくれるのだから、オレがイライラする分も副社長が被っていた。
『どうしても左折したいんでしょうね。次の交差点か、どこかで……。まあ、気持ちはわかります』
だが彼らの場合、『すみません、悪いけど入れてください』の意が全く伺えなかった。運転で性格がわかるとも言うが。神経質そうな中年の男女だ。『どけどけ』と言わんばかりにこちらを睨んでる。こういう場合、『行かせたくない』とやっきになるのもまた人情……。
『気に食わん』
生真面目、几帳面を絵に書いたような人物、副社長は腕組みして怒りを露にした。『こんな数珠繋ぎ状態で。失礼極まりないっ』
そう、綺麗に連なった車の列は人間すら入れる余地がない。こういう所に救急車でもやって来たらどうなるんだろう……。ふと、つまらないことを思った、そのときだった。
 わずかに、列が流れたその一瞬の隙を逃さず、例の車はブーーーと連続してクラクションを鳴らし、強行突破しようとハンドルを切ったのだ。
『わっ』
流れに従っていた僕はつい叫んでぎゅっとブレーキを踏んだ。
『わぁーーーー』
それを遥かに上回る大声で後部席の副社長は叫んだ。のたうちまわったのだ。血管切れそうな勢いで。
『わあああ、もうっ! 何を考えとるんだーーー!!』
『副社長、大丈夫ですか……』
『キィーーー、何と言う連中だっ!! 無礼者っ、無礼者っ!!』
僕の言葉は全く無視され、副社長は車を指差し、真っ赤になってこう言ったのだ。
 
『……そんなに行きたいのならぁーー、行かせてしまえっ、秋沢くん!』

『は、はい』
僕はウィンカーを出して停車し(といっても殆ど動かんが)、数分かけてそのものどもを列に入れてやった。そやつらは案の定感謝の仕草を全く示そうともせ ず、すっと前に割り込んで、すぐ次の分かれ道で左に折れて行った(それも更に時間を要したが。何せ進まない)。副社長は『けしからん、けしからん』と会社 に着くまでブツブツ呟いていた。
 一方、何となくその叫び、ワンフレーズが頭に残る僕……。


『……イキたいのなら、イカせてしまえ、秋沢くん』


 ……前置き長かったが、まあ、そういうことだ。
 僕の『格言』……(意味違うし)。


 一瞬ひるんだ僕だったが、顔マジになって逆に彼女をじっと見つめた。左手を僕の腰に引っかかってる彼女の足に寄せる。撫でる……。「ん……」彼女が微かにうめいた。
「なあ、大林」
僕は極力抑えた声で言った。いわゆる、『甘い囁き』ってやつだ。
「……オレさあ、最近法律について考えるわけ。『不貞行為』ってヤツ。な、な、お前、不倫が違法だって知ってるんだよな?」
反撃に出た。左手で彼女の反応を同時に伺いながら……。うまく返せないその表情に、心の中で『しめた』とにやける。彼女の太もも、震えてる。少しづつ、上へ上へと手を這わせる。ストッキングのシームが指先に触れる。
「いやね……。わからなければいいのよ」
「……へーえ。でももしばれたら?『知りません』じゃ困るんだよ、オレが。立場不利なわけだし」
「何言ってるの。稲垣、男から奪ったくせに……」
彼女、声も震えていた。僕の手がもっと奥に入ってきたからだ。危険ゾーンの一歩手前。ここを触って感じない女はまずいない。
「アレはアレ。お前は亭主がいるだろ? 細かいこと言うけどな、オレはそういうのやなの。話し戻すぞ。お前、どこまでを不貞行為って言うのか知ってるか?」
「や、や……」
彼女は震えながら硬直してた。無理な体勢だ。感じちゃってるから動かそうにも動かせない。
「ううっ」
彼女は僕に半分ぶらさがった状態でのけぞった。とうとう、指があったかい粘膜まできちゃったのだ。
「……キスはセーフ。ここにアレが入っちゃうとダメなんだよなあ。アレ。アレ。意味わかる?」
僕は大胆にそこを突っついた。ストッキングと下着の上からでも、十分感じるだろう。湿り具合がそれを示唆する。
「や、だ……」
彼女ははあはあ喘ぎ始めた。苦しそうな顔……。僕は自分がそれに引き込まれないよう、気を引き締め、慎重に指を動かした。
「……入れなきゃとりあえず不貞にはならない」
「あう……」
右足を上げた彼女の股間は開いてる。そこを抱え込むように後ろから攻撃するのだ。ストッキングと下着がうまい具合にクッションになって、深みに入りきらない。表面をなぞる。それだけで、彼女の顔は様々にゆがんでいった。
「ああん、濡れる……」
「最初からそのつもりなんだろーが」
「う、う……」
僕は一旦彼女の体を下ろした。窮屈な姿勢を解除されて彼女の表情が一瞬緩んだ。

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