恋する季節 33

 一度家に送って着替えを済ませた彼女と僕の家に戻り、近所の白金台でショッピングすることになった。
「そろそろ秋の服揃えた〜い。ブーツほしいな、ブーツ」
という彼女だが、現在9月半ば、まだまだ暑い……。
「このクソ暑いのに?」
「早く買っとかなきゃ、いいのなくなっちゃうもん」
……だって。大変だね〜。女は。
 とりあえず昼飯をマリナドブルボンで済ませ(ここは彼女のお気に入り。茶がうま〜い)、ブラブラ歩いて回る。
 面白いブーツを見つける。履いてみるがいまいちしっくりこないらしい。それはショートブーツなのだ。欲しいのはロングの、膝上まであるやつらしい。
「会社の近くでカワイイの見つけたんだけどねえ……」
「なら、そっちで買えばいいじゃないか」
「うん。でも、色んなトコ見て回りたいし……」
これだ。女の買い物が長いわけ。
 いや、稲垣の場合は買い物自体は短いのだが、試着に時間を取られるのだ。
「かわいい!!」
といって手にとってみても、着てみないと合うかどうかわからない。体は細いのに胸がでかいからボタンがはまらなかったりするんだな。
「え〜、コレかわいいのにぴちぴち〜〜。変だよねえ」
彼女はホントに残念そうにあきらめる。レースのキャミソールだ。どうやらそれとブーツが本日のお目当てらしい。
「これもダメ。アレもダメ」
……が続き、いつの間にか代官山へ。
「やーん、かわいい、どうどう? サイズもいいじゃん〜〜」
もう何軒回ったんだよ……というところでようやくゲットしたのは古着のキャミソール。3800円、格安なり。はじめて入った古着屋だが、稲垣の胸にぴったり、褪せたレースの色加減が秋らしいといえば秋らしい……。
「じゃあ、帰ろうぜ」
僕は言った。そろそろ夕方なので一旦家に帰って車で飯でも、と思ったのだ。
「ん〜〜。でもまだブーツ買ってないし……」
「え〜、今日はもう遅いよ。オレ疲れた。明日にしようぜ」
「だって〜、無くなっちゃうかもしれないじゃん」
「え? 何でだよー」
意味がわからず首をかしげる。
「2日前に見つけたヤツ。だからぁ、会社の近くでって言ったじゃん。かわいかったんだ〜。このキャミにすっごく合うと思うんだけど」
だから何……。僕はげんなりした。
 どーして女の買い物はこうも長いんだ? それなら会社帰りにさっさと買ってりゃいいのにっ!!
「ねえ、ねえ、恵比寿から電車で行こうよ。すぐよすぐ」
だけどあきらめる気配なんて微塵もない……。
「わかったよ……」
と、重い足を引きづられるように全然反対側の、丸の内に連れられて行った僕。何でまたわざわざ休みに会社近くまで……。ああ、疲れる……。


 最近は丸の内にも洒落た店が増え、仕事の合間や帰りがけにチェックできるのですごく便利だ。ターゲットも社会人に合わせているのか、20代後半の僕らで もあまり抵抗がない。特に仲通り沿いにはいつも彼女が行く店があり、買う買わないにかかわらず仕事が早く終わる日なんか必ず見て回ってるのだ(多分。前は 銀座の方まで行ってたみたいだが)。
「ほら、さっさと見て来いよ」
駅を出て丸ビルの前あたりで僕は言った。てっきりその店を回るものと思ったのだ。
「ん〜〜。じゃあ、いい?」
だけど彼女はくるっと向きを変えてスタスタと丸ビルの中に入っていった。
「えー?」
つられてついて行く僕。
「どこなんだよ、どこ行くんだ?」
人が多いからやだよ、丸ビルは……。って、ブツブツ。つい先日リニューアルしたばっかですっげえ賑わいなのだ。
 案の定、渋谷並みに混雑してる店内をさっさと駆け抜けてく彼女。2階の、目的の店に駆け込むようにして、
「あった!」
と思わず叫んだ。
「いらっしゃいませ」
まっすぐにそのブーツめがけて飛び込んできた客(稲垣)に店のおねえさんが近寄る。
「よろしければ履いてみてくださいね」
「はい」
僕は何だか恥ずかしくて少し離れて様子を伺っていた(……恥ずかしいよな。いい年して)。稲垣はでかい鏡の前でそのブーツを試着し、満足げにポーズを取っている。
 まあ来てみれば確かに彼女の好きそうな店ではある。
「やっぱかわいいっ。これ、コレにしますっ」
「ありがとうございます」
決まるまで早かった。僕はほっとして彼女に近づいた。
「買うのか? いくらなんだよ」
小声で聞く。
「39000円」
げーー、高い。……と思うが、
「オレが買ってやろうか?」
「えー、いいよ。あたし前から買う気でいたんだもん」
「買ってやるよ」
「いいってば」
「いいよ」
いい、いい、って遠慮されると不思議なもので買ってやりたくなるのだ。僕はレジに自分のカードを出した。ナカガイチのプレゼントへの密かな『リベンジ』かもしれんな。心のどこかでくずぶっていたのだ。
「ありがと〜〜。嬉しい!」
ニコニコして言われ、僕もちょっとすっきり……。


 ついでにそこでメシ食って帰ればいいのだが、人が多いのでやめて、家に戻ることに。もう7時過ぎてる。
 腹減ってるはずなのに稲垣は本日ゲットの2点を出して広げ、はしゃいでる。
「おい、お前、それはまた後にして出かけようぜ」
僕が言っても中々聞かない。「かわいい、かわいい」と大層お気に入りのご様子だ。そんなにいいかねえ……。何か季節ずれしてて僕には今ひとつピンとこない。
「こら、稲垣」
「ちょっとまってー。これ着てってもいい?」
と言いながら服を脱ぎ始め、買ってきたキャミソールを着てブーツに足を突っ込む。
「おい、まだ暑いよ」
「夜はそうでもないよ。平気、平気」
いや、見てる方が……なんだけど。どうも振り回され気味の僕は毎度のため息。まあかわいければいいか、と……。
 車で出かけて戻ってきて、駐車場に入れたのが10時前だった。
「もういいな、着替えは(取りに帰らなくても)」
と、僕は彼女に言った。今日は僕んちへお泊りだ。
「うん」
稲垣はまたブーツーを見て「へへー」とにやけている。……そんなに? わざわざ離れた店に買いに行くほどのシロモノかいな。んなもんアメリカのヨセミテのインディアンビレッジに行けば100ドル以下でゴロゴロ売ってそうなもんだが(※売ってません)……。
 なんて冷めた目で見る僕の頭に突如よからぬ考えがよぎった。
「……何かお前リキ入ってないか? ひょっとしてコンパのためじゃないだろうな。そんな胸が見えそうな服……」
探りを入れてみる。
「いやだ、違うもん〜」
「あやしいぞ」
「ひどい、絶対そんなことない」
そう言って彼女は僕に抱きついてきた。
「ドライブ用よ。秋の」
「信用できないな」
「どうしてよ〜。そんなの普段着で行くよ〜。別に勝負かけてないもん」
「コンパにそんなの着て行ったら許さないからな」
「やだ〜。独占欲強い〜〜」
笑って軽くほっぺにちゅってされる。独占欲っていうのか……? そもそも付き合ってる男がいるのにコンパに行くという行為自体変なのだが。
「でもそんなとこちょっとかわいいかも……」
って、彼女はうまい具合にのっかってきて、キスをした。
「んふーー」
さっきからなんだけど、スエードの匂いが充満してきてすごい。それに彼女の香水の香りが合わさって……頭のてっぺんまでつんとくる。僕は外から見えないレベルまでシートを下げて、体勢を逆にした。
「独占欲強い男って、すき」
そうさせてるのは自分の癖に……。彼女は僕の腰に足を回し力を込めた。
「かわいい、このブーツ。履き心地も上々よ」
小悪魔っぽくうふふと笑う。キスの間中ぎゅーっと締め付けられて、そのブーツから僕のシャツにうっすらと色移りしてしまったのだった。

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