恋する季節 22

「我が社が品川駅前に建設中の高層マンションAGは既に第一期分譲全戸完売しており、 個々の顧客との具体的なデザインの打ち合わせをしている段階です。特にニーズの高い30代、高年層にターゲットを絞った間取り変更プランは同業他社の物件 と比べて選択範囲が広い上にローコストであり、我が社とIBM社との共同開発による建築シュミレーションシステムにより10年20年後のリフォームにも対 応できます。これは全戸標準装備のPCと直結し、お客さまのご要望にできる限り添えるようオンラインによる接続更新が可能であり、最新の建材を管理する専 属ルームも本社内に設置します。引き続き本社デザインルームと共に内外の有名デザイナー、人気デザインスタジオとの提携をはかり、第二期以降最新のモデル ルームを現地に続き新宿にオープンする予定です。くどいようですが各自マニュアルは熟知するようお願いします。業者も選別し、過去3回以上苦情のあった所 は契約解除もやむを得ません」
ここで拍手。なんつーか、プレゼンである。僕は営業と設計土木の橋渡しをしているわけだ。担当の常務が頷くと次に僕の横にいるデザインルーム主任デザイ ナー竹中理紗さんが具体的なインテリア、エクステリア建材について説明をする。僕と二つしか違わないのに主任デザイナーという彼女の設計は女性らしい感覚 に溢れていて、施行主にとても好評なのである。なおかつ洗練された造型。今や基礎と共にセンスが何よりも重視される時代、戸建てにしても然り。大工中心 だった建設業はもう古いのだ……。
「はぁっ、緊張しちゃった、キョ−スケくん」
会議終了後、理紗さんはうっすら頬を紅潮させて僕の側に寄った。すっきりしたショートヘア−、セピアっぽい瞳の色。竹中理紗……正確には『りーしゃ』さ ん。祖父が東欧出身のクォーター、透き通るほど色が白く手足が長い。妖精っつーとオーバーだがロシアの体操選手みたいな感じだ。でもって彼女は早稲田の建 築学科から修士コースへ進み、アメリカ留学を経て入社したエリートなのである。学科は違うが僕の先輩だ。僕が大学時代付き合っていた女と高校の同級生で、 遠回しには知っていたが話をするようになったのは会社に入ってからである。もともと建築がやりたかった僕には憧れの存在なのだ。聡明でいて繊細で、こうい う女性が会社にいると必ず栄える、と僕は確信している。
「理紗さんデザインのCタイプが一番人気だって聞きましたよ、僕」
「そう。ありがとう。そういってもらえるとすごく嬉しい。励みになるわ」
「一体どんな人が住むのかも気になりますけどね」
「ホントねえ」
と、ここで笑う。全く、値段の高い物件から売れていくのはまことに不思議である。それも比較的若い年代に、だ。市場調査は常に必要なわけやね。
「見に行かれました? 新しいモデルルーム。出来てたでしょ」
「うんうん、思わずわぁ〜って叫んじゃった。感激。笑わないでよ」
「気持ちわかります」
うぅ〜、うらやましい! できれば僕もヘルメットかぶって現場を回りたいくらいなのだ。
「ますますやる気になっちゃった。休み中に向こうの最新物件回ろうかと思って」
夏期休暇に渡欧する予定の理紗さん。職業病だよなあ。
「ところでキョ−スケくん、また一緒にドライブしない? 9月の連休あたり」
「いいですよ。泊まり?」
「ええ。今度は温泉なんてどう?」
「いいけど……。予約しないとダメなんじゃないですか?」
「宿なら都合がつくの。じゃオッケーってことでいい? アキラに言っとくわね」
「はい」
理紗さんとエレベーターの所で別れる。僕らはよく複数で遊びに行ったりする仲なのだ。アキラっちゅーのは僕の同期の四堂くん。理紗さんはヤツの恋人なのである。

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