恋する季節 21

 結構早い時間に目覚めた。隣で水浸しになってる稲垣の体にちょっかい出してると大きな 目が開いて彼女は起き上がり、辺りを見回した。僕と目が合ってくすっと笑い、立ち上がって濡れた体をバスタオルで包んだ。乾燥機の所へ行って服を着る。 やっぱりブラが止まらなくて彼女は僕に手助けを求めた。
「お前、サイズ合ってないんじゃないのか?」
「違うの。あたし、しょっちゅうサイズ変わるのよ。よくわかんないんだけど昔からそうなの」
「ホントかよ。乾燥機かけないでつるしとけばよかったな」
「もう、マメ男なんだから」
服も体もすっきりしてラブホを出る。現実の世界は午前11時で、蒸し暑くて、車のガスメーターは下に振り切れそうだ。
「悪い。ガソリン入れていい?」
と、最初に開いていたGSに寄る。従業員の誘導に従って停め、「レギュラー満タン」と言ってキーを抜いた。「ゴミは……」と向こうが言い終えない内に吸い殻一杯のトレーを抜いて渡した。
「やぁだ、もう」
苦笑いする稲垣に「おい、お前、ゴミ」と催促する。彼女は空き缶やかすをまとめた小さなビニール袋を出した。
「前の方点検いかがですか?」
「いい」
「水抜き剤は……」
「こないだ入れた」
「本日キャンペーンで洗車通常1500円の料金を750円でうけたまわってますが、いかがでしょう」
「いや、いいよ……」
と言いかけて僕は尋ねた。
「それ、布?」
「はい。中もやらせてもらってます」
「じゃ、頼むわ。……おい、降りようぜ」
僕らは車から出てクーラーのきいた待ち合い室に案内された。タバコ吸いながら外を見てると大きなディスカバリーがスタンドに入ってきた。
「あ、そういえばお前、なんで四堂の車知ってるんだ?」
僕は彼女に尋ねた。
「んー? たまたま見かけたの、ガソリンスタンドで。女の人と一緒だったわ」
「いつの話?」
「んと、最近。7月最初の土曜日よ」
「あれ? それ、オレも一緒だったけどな」
「えっ、ホント?」
「うん。いなかったか?」
「気がつかなかったー。てっきり彼女とデートなんだと思ってたわ。どこに行ったの?」
「海に行ったんだよ。まだ空いてるうちに行っとこうや、って」
「やぁん、キャンプしたの? 何人?」
「んー、4人。車にテント張ってバーベキューしたんだけど雨だったから殆ど泳がなかったな」
天気が悪くてバーベキューの後すぐに車に引っ込んでお互いの連れと水着のままやりはじめたのだ。潮で肌がべとべと、シートもねちょねちょになってしまった がアレは元々金持ちのお遊び用の車だからいいのだ。キャンプというか合同デートである。でもその彼女も既に3人前の、だ。夏はビーチ、冬はスノボ、といつ も相手が違う。
「いいな、あたしも行きたい。連れてってよ」
「お前、キャンプ嫌いだって言ってなかった?」
「もー意地悪。メンバーによるのっ」
稲垣は僕の胸を軽く叩いてぴとっと腕を絡めた。指をいじいじ動かして上目遣いに僕に甘い視線を向けた。
「ねえ、お願い」
「ヤツを紹介してってこと?」
「違う〜。泳ぎに行きたいの」
「じゃあ、約束しようぜ。ちゃんとアイツと話し合うこと」
稲垣はちょっと口を尖らせて言った。
「わかってるぅ。絶対よ。連れてってよ」
稲垣はフッと顔を上げて僕にキスした。
「や・く・そ・く」
親密な仕草は誰が見ても付き合ってるとしか思えないのに、稲垣は僕の『彼女』じゃない。僕らは改めてコンタクトを交わしたのだ。恋人とも友達とも異なる性 的関係のある同僚という間柄は、単に稲垣にとって都合がいいだけではなく、『彼女』と長続きしない僕にも必要な存在なのかもしれなかった。

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