恋する季節 2

 顔とスリーサイズが決まったら次は洋服だ。好みの服を選ぶと目の前で下着姿になって着 替えてくれる。これが結構リアル……。しかしここまで。残念ながら脱がせてどうの、というところまではインプットされていない。おそらくこの先色々芸を仕 込めるようプログラムされる予定だったんだろうが……。
 また外見は理想に近付けても性格がいじれないという所が最大の難点である。やっぱ嫁さんとなると容姿以外にゆずれない条件がいくつかあるからな。


 僕よりも背が低い
 酒のみでない
 タバコ吸わない
 家事一般一通りこなせる
◎思いやりがある


 特に最後の。これは外見だけじゃわからない。後でしまったってことにならないようじっくりいかないと。いいお手本がゲーム製作者本人である。理想の女性 を見つけたとかなんとか言っていち早く結婚したものの、こういう試作品をプログラムしてるところをみるとその後の結婚生活が忍ばれるってもんだ。慎重にい かないと。
 家に帰って理想の妻が出迎えてくれる。そこまではいいけれど肝心なのはその先だ。試作品の先にある本ゲームとはいったい……? ぶちっと途切れてる分余計に想像力かきたてられるなあ。
「あ、オレ、タバコ買ってくるわ」
ポケットを探ってタバコ切らしてることに気付いた僕はそう言って席を立った。禁煙のオフィスで吸えるのはこういう時だけだ。僕はエレベーターで37階の社 員食堂へ下りた。この会社は喫煙者には厳しく、50階建てのビルの中でタバコの自販機があるのは1階のロビーとこの社員食堂だけなのだ。僕は脇目も振らず めざした。メニューサンプルの横にずらっと並ぶ自販機の端っこ、ポツンとおかれたタバコの自販機にコインを入れ、いつものボタンを押す。
「あ?」
が、指が止まった。
「な、ない……」
思わず呟いた。なくなってる、いつものヤツが! 間一髪間に合わずボタンを押してしまった僕の前に出てきたのは別のタバコ……同じシリーズだけど軽目のヤ ツ。僕は狐につままれたようにそのボックスを取り出し見つめた。一昨日まではあったのに。そういえばなんかレイアウト変わってるぞ、いつのまに? イヤな 予感はしてたんだ、どんどん下の段に追いやられてくし。マルボロやラーク、バージニアなんかは堂々とシリーズ揃ってるのに。非情だな、日本たばこ、こんな 自販機ひとつまで利益を優先するのか。
 僕は仕方なくそのタバコを持って部署に戻った。中は相変わらずくつろぎタイム。今日はやけに女っ気がないな。
「あれ、お前、タバコ変えた?」
「いや」
早々に指摘されて返答に詰まる僕。ショックだぞ、かなり。
「ライトにしたんだ。いよいよ禁煙の道スタートって?」
違うよ。何で禁煙するのにそういう面倒な手順踏むんだよ。
「ああ、そういえば中身入れ替わってましたね、下の自販機」
気の利く後輩が口を挟んだ。
「なんだ、そういうこと? ピースなんてマイナーなもんやめろってことじゃん」
「マイナー?」
ショックな言葉。
「マイナーじゃないだろ」
「マイナーだよ。売れないから消されたのさ」
う、なんてもっともなことを。えーい、わからんのか、あの美しいとしか言いようのない香りが! できれば葉ごと売って欲しいくらいだ。
「日本人なんだから日本の煙草吸うのが正論だ。よって洋モノばっか置いてるここの自販機の方がおかしい。で、そうさせたお前らもおかしい」
僕は反論した。でも説得力はゼロ。ここにいる3人が普段吸ってるのはマルボロ、ラッキーストライク、ラーク、それぞれ自販機の上の方に並んでる銘柄だ。資本主義の大大原則、売れるものはどんどんのしあがり売れないものは消える。
「日本人向けにアレンジされてるじゃん。お前って古いんだよ、今思った。女にしてもそうじゃん」
何も返せない。マジでくやしい。食堂にないってことは下のロビーの自販機もあやしいな、後でチェックしとこう。ああ、くやしいというか寂しい、マイノリティの実感……。

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