恋する季節 11

 午後の会議。これまた僕には直接関係のない広告戦略会議である。メインキャラクターを誰にするか? イメ戦の当たり前な昨今であるから人選も慎重に行われるわけだ。僕は社長のそばで企画課の連中が発表する資料の補足説明をする。それが終わると次は社長について外遊だ。秘書でもないのに……。今日は秘書兼通訳。肝心の秘書さまは今頃社長室隣の秘書室で爪でも磨いてるんだろうな、くそ。時には四堂くんと二人でお供をすることもある。60ン歳、ふさふさの白髪をびしっと七三に分け、肌もつやつや、いつもニコニコえびす顔の社長は、政策秘書やら第一秘書第二秘書etcひきつれた国会議員の先生さながら得意先を回るのだ(もちろんこの場合僕が主席秘書)。
 社長はこのところ御機嫌だ。同業大手の中で損益がマイナスなのは遂に我が社だけになったからである。加えて佐久間専務が兼任している上海の大規模公営住宅&商業文化施設建設プロジェクトが大々的にマスコミに取り上げられたのだ。景気の落ち込む国内は主に集合住宅等の不動産管理に重点を置き、マレーシアに続いて上海、台湾と世界最高層の巨大ビルディングの建設ラッシュの続く将来性豊かな市場……我が社はいち早く大陸を含むアジア全域での営業活動に力を注いでいた。しかしまあやみくもに受けるのではなく企業の信頼性安定性の調査もみっちりやってる(ばかでかい建物建てたがいいが早々と破たんしてもらっては後々困るからな)。そしてそれが本来僕の担当するところである。
「上海も映像で見る限りでは他の大都市と大差ないねえ。いや大したものだ。今やシンガポールやクアラルンプールを凌ぐ勢いだね。この○○センターは市のど真ん中だからねえ。学術方面からの取材も受けてるらしいじゃないか。何年もただで看板建てて宣伝してもらってるようなものだよ。アレ見てると気分がいい。キミも向こうにいた時思っただろう」
「はい……」
車の中、僕は返答につまる。社長はちくっと皮肉を言っているのだ。数年前、マレーシアの首都クアラルンプールにおける世界最大のビル建設を落とせなかったこと。当時の担当の一人は僕だったりする。
「……申し訳ありません」
社長は意味シンにくくっと笑った。
「何もかも完璧なんてありえない。建物もそう、高けりゃいいってもんじゃない。実績も信頼も続かなければ意味がない」
「恐れ入ります」
んなこと言えるのか? あんな無駄にデカイ本社ビル建てておいて。どう考えても50階もいらんと思うが……。
「競って背比べして……摩天楼への執着なのかね。景気のいい話だ」
「はい。李氏は自宅周辺の整備事業もお願いしたいと言っておられましたね」
社長はハハハと高らかに笑う。そういった都市部の急成長に伴い中国にはまた信じられない富豪も存在するのだ。その一人李正閏と飲茶を同席したところなのである。
「少なくともクリーン工法の意義は熟知されている。どの分野でも同じだが殆どの事業家は目先の利益を追う余りかなり無茶なことをしているからね」
ハウステンボスでよく知られる汚水排水浄化巡回システムがこの度の決めてだ。市民にはよく理解されていないかもしれないが世界水準でハイレベルなモノを建てればいい宣伝にもなる(異国での建設工事自体は大変だが)。しかし不景気と相次ぐ改革により役所関係その他の馴れ合いの席が減ったのはいいが、会食というのは万国共通のマナー、色んな国の食い物を口にする機会が増えたのには本気で参っている。僕は中国料理に限らず殆ど全てのマトモな料理が食えないのである。食えないものがずらっと目の前に並ぶ……これはキツイ。箸をつけないわけにはいかないのだ。
「君はよくやってくれるが接待には向かないね」
これが本社勤務となって以来社長から言われ続けている僕への決まり文句なのである。

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