恋する季節 10

 二人が会話する傍ら僕は無言でとんかつの衣を外していた。
「またあ。やめなさいよ、子供みたい、28のくせに」
不意に清水が意地悪くつつく。
「食えないんだよ。子供の好き嫌いとは違うぞ」
「偏食激しいよ、あんた」
「お前に関係ないだろ」
僕は顔も上げずに言った。偉そうな口調は腹立たしいが、僕は何分かぶりに喋る機会を与えられたわけだ。
「恥ずかしいじゃん。衣つけないでって頼めばいいのに」
「さすがに衣なしのとんかつなんて出してくれないだろ。いいじゃないか、別に」
四堂が言った。
「わかんないんだよ、何でも食えるヤツには食えないってことがどう言うものなのか。ダイエットで無駄に残すのよりずっといいと思うぞ」
「お店の人にとっては同じじゃないの」
「僕はアレルギーがあるので……なんていちいち細かいこと注文できんだろうが、昼飯時に」
「そんな病気聞いたことない。おかしいわよ」
「おかしくないよ。お前もそのうちいやでも亭主の好き嫌い思い知らされるさ」
「そんなとぼけた男とするわけないじゃない。あんたほどうるさい男はいないと思うわ」
「オレだって結婚したら少しは気を遣うさ」
「結婚したら? へー、その気はあるんだ」
清水の言い方は嫌みに満ちあふれ、僕はむっときた。
「るさい、するよ、絶対な!」
箸を置いて顔を上げた。清水はきっつい顔を僕に向けてる。ああ、こわ。
「……またはじまった。ホント犬猿の仲だよなあ。清水、ふられたからってそうムキになるなよ」
「ふん」
清水はぷいと横を向いた。僕はもう食べる気がすっかり失せて、つい先ほど仕入れたタバコを取り出し火をつけた。
「あーあ、禁煙席に座ってやればよかったわ」
どこまでも憎々しいことをぬかす女である。自分も吸う癖に……。僕は構わず紫煙をくゆらせる。案の定、食べ終えると二人はそれぞれタバコをくわえた。
「お前もえらそうに秘書課で君臨してないで周りを見ろよな。30目前にしてそんな短いスカート履いてるなんてみっともないぞ」
僕は攻撃した。堂々と組んだ足の隙間から今にも中身が見えそう。ウチの制服、秘書課だけバーバリー製で例の有名なチェックのスカート履いてるのだが、清水のスカートだけ丈が短いのだ。よほど体型に自信があるのか……すごいヤツ。
「書類よりムチの方が似合いそうだ」
「あはは、そうそう」
それがまた真実だから恐ろしい。相手を屈服させないと気がすまない女。入社したのは同じ年だが僕には東京本社勤務となる前に2年のブランクがあった。その間清水は四堂とも付き合ってたらしいが、彼とその話をしたことはない。元々喧嘩調子のコイツと一晩だけとは言えどうしてそういう関係になったのかと言うと、清水の外見はいわゆる僕の理想像にほぼ当てはまってるのだ。顔は整った日本式で体は外人並み。性格きついがひょっとして夜は違うのかなと思った僕が甘かった。つい誘惑に負けてしまいました、情けないっ。彼女の性癖は言動通り、否それ以上に異常。四堂も知ってるのなら教えてくれればよかったのに。いや、お互い恐くて話に出せんと言うのが現状か……。
「昼間っから下品ね」
「自分の胸に手を当ててみろ」
「そうだよ。お前がフランス育ちなんてバカにしてるよな」
「失礼なこと言わないでよ。あんたたちこそ少しはフランスの男でも見習ったら? 大体日本の男ってやわ過ぎ。どいつもこいつもロリコンばっかで気色悪っ」
清水はべっと舌を出した。ハイハイ、外人専門ね。勝手にやってくれよ。確かにお前には僕ら二人同時に攻めてとんとんだろうな。ったく、こんなヤツが我が社の最上階にのさばってるのかと思うと腹立たしいを通り越して情けなくなる。一度ぎゃふんといわせてみたろか。社長の留守中に……。社長は外出が多いからいつでもいけそうだ。一流ホテル級の眺めと調度品を誇る場所も申し分ない。でも少々ぶっこんだくらいじゃびくともしないだろうな。なんたって平気で飲み干すくらいだからなあ、汁好女……。その図を想像してみて気持ち悪くなった僕は先に席を立った。
「お・さ・き。言っとくけどオレはロリコンなんかじゃないからな」
現実、現実。今日の席は打ち合わせの延長につき、経費落ちなのである。



 帰り道。通りはOLやサラリ−マンでいっぱいだ。喋りながら歩いてる女性見てると普通そうな子ばっかり。が、実際はどうなのか……? 僕もそれなりに色んなタイプと付き合ってきたが、何ヶ月も続いたためしがない。その最短記録保持者……後ろで再び清水の声がする。清水もじっとしてりゃ見栄えはするもんだからちらちら視線を投げかける男もいるだろう。その正体なんて知るよしもなく……。ああ、おそろし。コイツに比べれば稲垣なんて大人しいもんだ。稲垣はキレイと言うよりかわいい部類に入るな。小柄だけど胸やヒップは妙にボリュームがあるし、大きな目は垂れ、髪は栗色に近くて日本人というより外人ぽい。性格も明るく、いつも思ったままを言うからてっきり表裏のないタイプなんだと思ってた。でも……。やっぱり女は皮剥いてみないとわかんないのか。なんか凹むなあ。

inserted by FC2 system