SUNDAY MORNING
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image by 戦場に猫 , design by レゾンデートル
Door
 一組のカップルが席を立った。男はさっとドアを開け女を通すと、入れ違いにやってきた客が入りきるまで支えている。
「ちょっと、ドア開けてよ」
 懐かしい声が聞こえた気がした。
 眉間にしわを寄せたあいつの顔。
「そのくらいしてくれたっていいでしょ」
「んーー。ああ」
 言われても言われてもいつも適当にやり過ごしていた僕。
 何度言っても聞かないものだから、しまいには口癖のようになっていた。
「だから日本人の男はダメなんだよね。外人を見習ったら?」
 言われれば言われるほど、僕の体はドアの前で岩のように硬直してしまう。
「いっつもゲームばっかしててひ弱だしーー」
「うっさいなあ。そんなに言うなら外人の男と付き合えば?」
 確か、アパートでごろ寝してたんだっけ。
 何気なく口から出た台詞だったのに。
 あいつはナンパされたイタリア男と海の向こうへ行ってしまった。
「アバンチュールって奴?」
 イタ公の女好きにも困ったものだ、はるばる日本に来てまで女口説かなきゃならんと思ってるらしい。
「ま、すぐに戻ってくるさ」
 なんてたかをくくっていたら、何とベビーまで出来ちゃったらしい。
 帰ってくるどころか、シチリアで結婚式だと。
 その式に招待された女と付き合ってる僕の知人が目を丸くして言う。
「どういうわけぇ? お前ら、一緒に住んでなかったっけ。確か、2年……」
 ふん。正確に言えば1年と9ヶ月な。
 尻軽なんだよ。たった一度誘われたくらいで同棲してた男を振るなんて。
 とまあ、かわいそうな男を演じることも出来たが、それは僕のプライドが許さない。
「外人の男がいいんじゃないの? 至れり尽くせりでさ」
「はあ。毎日チューしてぇ、とかそういうの? あの子、そういうタイプだったっけ?」
「女は変わるもんなんだよ」
「ふうん? ぷっ。もうヘタリアなんて言ってられないじゃん。お前も見習えば? 今時亭主関白なんて流行らないぜ?」
 むっ。別にイタリア男に負けたわけじゃないさ。
 亭主関白ってのも違う。
 ただ、エスコートってやつが上手に出来ないだけだ。



 はるばるNYくだりまで来て、なるほどなと思う。
 どこのドアであろうとも、男が開けてやってるなあ。
 いや、男と限ったわけでなく。
 老若男女、スムーズに手が出る。
 あんまり自然で意識して見てないと気付かないくらいだ。
 ああ。
 僕もこの街に生まれ育っていたなら身についていたのだろうか。
 あいつのためにドアを開けてやる。
 たったそれだけのことが出来ない。
 見てると何てことないのになあ。
 ここでも全然ダメ。いざそういう状況になったとき、体がこわばって動けなくなる。
 かすかに汗ばむんだ。固まる僕の横を皆通り過ぎていく。
 それもさ、『チ、邪魔なんだよ、どけよ』なんて感じじゃないんだよなあ。さらっとというか、映画で見るそのままだ。
 かくして。
 やっぱり眺めているだけの僕。
 今日も、泊まってるホテルの向かい側にある小さなカフェでマンウォッチングさ。
 20万もつぎこんで初めての海外で、僕は一体何やってるんだろう。
 何を目で追ってるのか。
 あいつはシチリア。会えるわけないのに。
 あー、くそったれ。
 こんなくそ寒い2月のマンハッタン。観光客なんていないよなあと思っていたら、毎日それらしい日本人を見かけるし。
 そいつらでさえ、ちゃんと男が女をエスコートしてやってるし。
 何だこの疎外感。そんなにスタンダードだっけか?
 ひょっとして。
 東京のようにどこもかしこも自動ドアでないから皆そうしてるんじゃないのだろうか。
 もしも。
 東京中のドアというドアが、ここみたいに重苦しい大層な造りだったなら、さすがに僕だって手を添えるくらいのことはしただろう。
 ついでに腕も鍛えられて、一石二鳥じゃん。
 そうだ、そうだ。そういうことさ。
 ウンウン頷くと、通りを歩いている女性と目が合いそうになってとっさにカップを取った。女性はさっさと通り過ぎていく。どぎついマスタードイエローのマイクロミニが威勢よく振れる。オレはその後姿をチラ見しながらぬるいコーヒーをすすった。アルミサッシとガラスとコンクリートだらけの東京の街が、とてつもなく恋しい。
photo by morguefile
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